時は平成、日本の何処かにある会社。
今日も時計を見て、溜息をつく男がいた。
そして、それを見てうんざりした様子の周囲の人々。
一回ならばいい。そう、一回ならば。
この男は、少し仕事をしたと思ったら顔を上げ、時計を見て溜息を吐く。
そして仕事を再開する。
それから少し経つと時計を見て、また溜息を吐くのだ。
男は、出勤してから仕事を終えるまで、それを延々と繰り返すのだ。
見ているほうは、それはうんざりするだろう。
なにせ、毎日のことなのだから。

この男、名を紅蓮という。
紅の髪をした、日本人らしくはないが、容姿の整った男だ。
この男は、毎日時計を見ては溜息を吐く。
なにやら、面倒を見ている子供のことが心配らしい。
保育園に預けてからここへ来るらしいが、仕事をしている間も心配で仕方がないようだ。
数分おきに時計を見ては溜息を吐くのだから。
周囲の社員が思うことは一つ。
心配なのはわかるけど、頼むからちゃんと仕事をしてくれ!!ということだ。

時計を見て、紅蓮はガタンと立ち上がった。
退社時間になったのだ。

「お先に失礼します!!」

鞄を引っ掴み、脱兎のごとく駆け出す。
そして、あっという間に見えなくなった。
あれだけ集中しないで、仕事は終わったのだろうか。
一人の社員が先程まで紅蓮が仕事をしていたデスクに近付き、仕事の終わり具合を見る。

「…………終わってる」

そう、紅蓮の本日のノルマは終わっていたのだ。
被害を受けたのは、紅蓮の溜息に邪魔をされた社員たち。
まだまだ仕事が残っている。
さぁ、今日も残業だ。




ここは、紅蓮の自宅と仕事場との間にある保育所。
そこに紅蓮はいた。
走って来たのか、彼の服装は随分と乱れていた。
切れた息を整えながら、目指す場所へとわき目も振らず向かう。
そこには、紅蓮が求める存在がいた。
黒い髪と、同じ色の大きな瞳。
それはとても可愛らしい、少女のような男の子。
紅蓮はその存在を認め、名を呼ぶ。

「昌浩!!」
「ふぇ?……あ、れーんだぁ」

紅蓮に気付き、無邪気な微笑みを向けてぽてぽてと駆け寄ってくる幼児は、まだ三、四歳くらいだろうか。
昌浩と呼ばれた子供は、転びそうになりながらも一生懸命に駆ける。

か……可愛い――!!

紅蓮はそんな昌浩を見て、鼻血を吹かんばかりだ。
自分の元へやっとこさ辿り着いた昌浩を抱き上げて、頬擦りをする。

「昌浩、元気だったか〜?」
「うん。きょうはねぇ、おえかきいっぱいしたんだよ!」

頬擦りされて嬉しそうに笑い声をあげ、一日の報告をする。

「そうかそうか、良かったなぁ」

そう返しながらでれでれとしている紅蓮の鼻の下は、伸びきっている。
造作の良い顔も台無しだ。

「ね、ぐれん、かえろ?」
「そうだな、帰るか」

そうして紅蓮と昌浩は、帰路に着いた。




何故、紅蓮が昌浩の面倒を見ているのか。
もちろん、昌浩は紅蓮の実子ではない。
紅蓮には姉がいる。
その人こそが、昌浩の母親であった。
だが、彼女は今、病院にいた。
昌浩の父親は、交通事故で亡くなった。
新婚で、子供も生まれて幸せの絶頂だった筈の彼女は、足元が崩れるかのようなショックを受けただろう。
そのショックからか、精神を病み、病院生活を余儀なくされた。
焦点の合わない目で前を見つめたまま、何の反応も示さなくなってしまったのだ。
そんな状態で昌浩を育てられる訳もなく、紅蓮が育てる事となった。
育児などしたことのない紅蓮には、大変なことだっただろう。
しかし、挫けそうになる度に昌浩の笑顔に癒され、励まされ。
今では親バカの如く、ただの昌浩バカになっていた。




「あにょね、ぐれん、これあげゆ〜」

家に帰り、リビングで寛いでいると、昌浩がなにやら紙を差し出してきた。

「ん……?何をくれるんだ?」

紅蓮はその紙を受け取る。
そこに描かれていたのは――。

なんだ、これ……。

所詮は幼児が描いたもの。人らしきものであることしかわからない。

「昌浩、これは?」
「んっとね、せんせぇがだいすきなひとをかきましょうってゆったから、ぐれんかいたんだよ!」

ということは、この人らしき絵は紅蓮だということだ。

大好きな人。
昌浩は今、大好きな人を描いたって、言ったか?
そして、これは俺なのだと。
あぁ、生きてて良かった……。

紅蓮は嬉し涙を流しながら、心底そう思ったらしい。

「昌浩、ありがとうな」

そう言って、紅蓮は昌浩の頭を撫でる。

「えへへ、ぐれんだいすき〜」
「あぁ、俺も昌浩が大好きだぞ」

嬉しそうに言った昌浩に、紅蓮も嬉しそうに笑って返した。




時刻は七時過ぎ。

「うにゅ〜……」

食事を済ませ、風呂に入った昌浩は、眠そうに目を擦っていた。
そんな昌浩を見て、紅蓮は優しく声を掛ける。

「そろそろ寝るか、昌浩?」
「…………れ〜んもいっしょ?」

昌浩は甘えたような口調で問い掛ける。
身悶えそうな程可愛い昌浩に逆らえる筈もなく、

「もちろんだとも!」

と、またしてもでれっとした顔で返した。

「じゃあ、ねりゅ〜」

言いながらも既に舟をこぎ始めている昌浩に苦笑する。
そして昌浩を連れて寝室へと向かった。

――おやすみ、昌浩――

後には、穏やかな寝息だけが聞こえていた。




幼児昌浩と親馬鹿紅蓮です。
キャラ壊れまくってて申し訳ないです。
そして、ギャグとシリアス混ざってる――?
自分でも訳わからない文になったけど、でも楽しかったです。

2007.06.23.公開