白く、何処までも続いているかのような世界。
そこに昌浩はいた。

「ここ、何処……?」

昌浩は呟く。
それもその筈。
昌浩はつい先程まで寝ていた筈なのだ。
その証拠に、昌浩は髪を解き、寝巻きを着ている。
目を覚ましたのならば、自分の部屋にいる筈。
しかし、昌浩が今いるのは、夢とも現ともつかぬ、ただ白いだけの空間。
という事は。

「夢、かな?」

誰にともなく、昌浩は問い掛ける。
もちろん、答える声はなかった。
ここには、昌浩しかいないのだから――。




昌浩は迷っていた。
ここから動くべきか、動かぬべきか。
ずっとここに居る訳にもいかない。
だが、下手に歩き回るのも如何なものか、と。
どうしよう。

「う〜ん……。でも、やっぱりなぁ……」

昌浩は、悩みすぎて結論が出せなかった。
そうしていると、ふと何処からか声が聞こえた。
笑い声だろうか。
まだ小さな子供のような声――。

「誰かいるのかな」

昌浩はその声が気になり、声のした方へと歩いていった。




近付いていくと、聞こえるのは子供の声だけではなかった。
低い男の声と、高すぎない女の声もした。
どちらも笑い声のようだった。

「……なんだろう……?」

更に歩を進めていく。
しかし、見えるのは何処までも続く白だけ。
人の姿は、何処にも見当たらない。
昌浩は、更に声のする方へと、歩を進めていった。
しばらくすると、白かった世界が急に開けた。
昌浩の目に映るのは、寄り添いあう男と女。
そして、その二人に抱きついている小さな男の子だ。
仲睦まじく笑い合う三人は、家族なのだろうか。
昌浩は立ち尽くし、そんな三人をじっと見つめていた。
夫婦のように寄り添う男女の顔は、霞がかかったかのように見えない。
なんで、見えないんだろう。
男の子の顔はちゃんと見えるのに。
そうして子供の顔を見ていると、何処か見覚えのあるような気がした。
なんで?
何処かで見たことがある――?
考えていると、子供がこちらを向いた。
目が、合った。

「え……」

気がつくと、他の二人もこちらを見ていた。
顔は見えないのに、微笑んでいるような気がした。
昌浩はどうすることもできずに、ただ三人と向かい合っていた。

「ねぇ」

ふと、高い声がした。子供の声だ。
昌浩は子供を見る。
子供は微笑んでいた。他の二人と同じ様に。

「何?」

なんだろうと思いながらも、微笑んで返す。
子供は、嬉しそうに昌浩に告げた。

「幸せになってね」
「幸せ、に……?」

昌浩は訳がわからず聞き返す。
子供はそれに、うんと頷いた。
そして、三人は段々と遠く離れていく。
否、昌浩自身が遠ざかっているのかもしれない――。

「ねぇ、幸せにって何のこと?なんで、俺にそれを言うの?」

遠くなっていく子供に、昌浩は問い掛けた。
寄り添いあった二人は、微笑んだまま。
子供は微笑んだまま、昌浩の問いには答えず、一言発した。

「        」

ただ一言だけ――。

「え……?」

昌浩は聞き返そうとした。
だが、三人は段々と遠ざかり、そうして見えなくなっていった。




「――ッ」

目を覚ました昌浩は、少しの間呆然として、それから身体を起こした。
そして、ハァと息を吐く。

「あの子、さっき……」

昌浩はポツリと呟く。
今さっき見た夢。
あれは、なんだったのだろうか。
そして、最後に子供が放ったあの言葉。

「母様って、言ってた――」

そう、あの子供は昌浩に向かって「かあさま」と、そう言ったのだ。

「……ぇ、俺が母様?」

昌浩は困惑した様子で呟く。
そんな馬鹿な。
そう言いたかった。だが、言えなかった。
昌浩は子供を産めない訳ではない。
彼女は男ではないのだから。
そう、男の名ではあるが昌浩は正真正銘、女であった。
女であれば、いつか結婚して子供を産むのが普通だ。
けれど、昌浩は普通ではなかった。
女として生れながらも、男として生き、出仕し、陰陽師になる。
女として生きていくことはない。
だから、子供を産むこともないのだ。
昌浩が男ではないと知っているのは、極少数しかいないのだから。
けれど、先程の夢は、それを否定していた。
あの子供は、昌浩を母と言った。
それが本当であれば、いつか子供を産む日が来るのだろう。
そう、いつかは。
それはきっと、随分と先のことであるとは思うが――。
だが、昌浩はあることに思い立ってしまった。

「……あれ……?」

最後に月のものが来たのは、いつだった――?
それは、随分と長いこと来ていない気がする。

「まさか……」

そう呟き、腹に手を添える。
昌浩は呆然としていた。
既に子供がいるのならば、それは――。
昌浩は、少し離れたところで眠っている存在に目を向けた。
そこには物の怪が眠っていた。
その姿が愛しくて、微笑んだ。
だが、それは形にならず、同時に出てきたのは、涙だった。

「どう、しよう……」

震えるように呟いた声は、音にならなかった。
昌浩が身体を許したのは、物の怪の本性である騰蛇だけ。
既に昌浩の腹に子供がいるのならば、それは騰蛇の子供なのだ――。




いつも傍にいてくれる紅蓮を好きになったのは、いつのことだったのだろう。
共に闘い、時には守ってくれる紅蓮に恋をしたのは、いつのことだったのだろう。
いつの間にか、好きになっていた。
気が付いた時には恋をしていた。
大好きで、愛しくて。
紅蓮も俺を想っていたと知ったときは、嬉しくて嬉しくて。
いつの間にか涙まで流れてきた。
紅蓮と初めて身体を繋げた時は、すごく幸せで――。
ずっとこの幸せが続くのだと、そう思っていた。
だって、紅蓮は人間じゃないから。
子供ができるなんて、欠片も思っていなかったんだ。
もしかしたらただの杞憂かもしれない。
けれど、嘘ではないと、杞憂ではないと、何処かで気付いていた。
既に、俺の中には、あの子がいる。
そんな気がするんだ。
これは、陰陽師としての勘なのかもしれない。
でも、俺はどうすれば良いのだろう。
俺は、男として生きていても女だ。
やっぱり、好きな人の子供は産みたい。
でも、じい様や父上、母上は許してくれるだろうか。
それに、産み月が近付いてくれば、周りの目も誤魔化せない。
しかも、紅蓮は末席といえど、神に連なる者。
神と人間の子。
それは、許される存在なのだろうか。
わからない。
どうすれば良いのかわからない。
紅蓮は、どんな顔をするのかな。
喜ぶのかな、それとも――。
でもね、俺は産みたいんだ。
どうすれば良いかなんてわからないけど、それでも産みたいんだよ――。

昌浩は、なにかを決意したように、腹に添えていた手をギュッと握りしめた。




すみません、長くなったので続きます。
女体化妊娠ネタ、前から書きたかったんです。
ほとんど昌浩しか出てなくてゴメンなさい。
次は出します。

2007.08.13.公開