冬が色濃く感じられるようになってきた、今日この頃。
安倍低の庭も冬一色だ。
裸の木々たちは、春を迎える準備をしている。
そして、そんな庭を眺めている者が一人。
安倍晴明の孫娘、昌浩である。
何故男の名なのかと問えば、晴明の後継だからという、至極簡単な答えが返ってくるだろう。
そんな昌浩は、本日は物忌の為、暇を持て余していた。
陽が射し込む縁側に座っている。

「もう、冬だなぁ……」

葉の落ちきった木を見て、ポツリと呟く。
吐く息は少し白い。
だが、昌浩に射し込んでいる陽射しは暖かく、しばらくうとうとしていた昌浩は日頃の疲れもあったせいか、そのまま横になって寝入ってしまった。




眠っている昌浩の向こうから、白い物体が近付いてきた。
物の怪がやってきたのだ。

「……昌浩?」

物の怪は昌浩の存在に気付き、ポツリとその名を呼ぶ。
何故こんなところで寝ているのか。
いくら陽射しが暖かいといえ、このままでは風邪をひく。
そう考えた物の怪は、今だ眠ったままの昌浩を起こそうとその身体を揺すった。

「おい、昌浩。起きろ」

だがしかし、昌浩は起きる気配がない。
そんな様子を見て、短く溜め息を吐くと、物の怪は再び昌浩を起こしにかかる。

「…おい、晴明の孫。起きないと風邪ひくぞ」
「ん〜…。孫、言うなぁ〜」

と唸りながら、一端浮上した意識はまた眠りに落ちていくのだ。
なんで反応はするのに起きないんだ……?
そう思いながら、昌浩の寝顔を見つめる。
まだ幼さが残り、あどけない表情だ。
普段男として見られているとは思えない程に、今は少女としか見えない。
何故、誰も気付かないのだろうか――。
安倍家以外知る者がいないというのは、やはり昌浩にとって辛いのではないか。
そんな考えがふと浮び、物の怪はふると頭を振る。
そんなことはどうでもいいのだ。
周囲が苦になるのではと思っても、昌浩自身がそう感じていないのならば、それは過ぎたことだ。
唯一、自分にとっての愛しい少女が笑っていられるならば、それでいい。
物の怪は苦笑すると、昌浩の髪を梳くように、頭をそっと撫でる。
そして、物の怪は昌浩の頬にそっと口付ける。
出仕するようになってから大分経つとはいえ、きっと疲れているのだろう。
ならば少女に戻れる今だけは、安らいで欲しい。
少年でいるときに背負っているモノなど、今は放って。
物の怪は、ふと欠伸をする。
暖かな陽射しをあびていたせいか、眠気がこみあげて来たのだ。
昌浩が風邪をひく前に起こさなければと思うのだが、当の本人は起きる気配が欠片もない。
気持ちよさそうに眠る昌浩を見て、物の怪は眠気がさらに強くなったことに気付いた。
そして諦めの溜め息を吐き、昌浩の傍に丸くなる。
後には、一人と一匹の寝息のみが聞こえていた。




日が暮れ、空が紅く染まり始めた頃。

「ん……」

今しがたまで眠っていた昌浩は、目を覚ました。
紅い空に視線をやり、呟く。

「こんなに寝てたんだ」

もう、あの暖かな陽射しは降り注いでいない。
寒くない訳がない。
なのに……

「なんでそんなに寒くないんだろう?」

疑問を口にしながら、むくりと身体を起こした。
そして、ある存在に気付き、驚く。

「…もっくん…」

なんか暖かいとおもったら……。
でも、と昌浩は思う。

「なんで、もっくんまで寝てるんだろう――?」

俺、一人で寝てた筈なんだけど。
真面目に考え込んでいた昌浩は、眠る物の怪を見てふと微笑む。
紅蓮のときはあんなに格好良いのに、今はなんだか可愛く見えるのは、きっと気のせいじゃない。

「ねぇもっくん、俺は、もっくんが好きだよ?」

暖かな毛並みを撫でながら、昌浩は呟く。
今まで告げたことのない、胸の奥に秘めた想いを。

「もっくんのときも、紅蓮のときも、いつでも俺の傍にいてくれるもっくんが大好きだよ。
 起きてる時に言えなくて、ごめんね。俺は、陰陽師になるから、男として生きなければならないから、
 これは告げてはならない感情なんだ」

そう言って、少し哀しそうに微笑んだ。
それでも、いつも傍にいてくれる物の怪に告げたいと、抑えられなくなるときもあるのだ。
ねぇ、寝ているときくらい、口にしてもいいよね――?
そして、もう完全に紅く染まった空を、昌浩は見上げる。
物の怪の、瞳の色を――。




「……昌浩?」

ふと目を覚ました物の怪は、声を発する。
すると、昌浩は物の怪のほうに体を向け直した。

「あ、もっくん。起きた?」
「あぁ」
「このまま日が沈んでももっくんが起きなかったら、どうしようかと思っちゃった」

ずっとここにいたら、風邪ひいちゃうもんね、と昌浩は苦笑する。

「昌浩、ずっと待ってたのか?」
「うん」
「起こしても、良かったのに」

そう言う物の怪に、昌浩は困ったように笑う。

「だって、なんか起こすの可哀相だったんだもん」
「だからって、寒かっただろう?」
「ん〜、大丈夫だよ。でも、そろそろ戻ろうか?」

そう言って、物の怪を抱き上げる。
先程大丈夫と答えた昌浩の手は、大分冷えていた。

「……そうだな」

嘘つきだなと思いながらも、物の怪は昌浩の言葉に同意した。




本当は、聞いていたんだ。
昌浩が告げた想いを。
好きだと言われて、嬉しかった。
自分も好きだと告げて、抱き締めたいと思った。
けれど、昌浩は告げてはならない感情だと言った。
それならば、俺は何も言わない。知らないふりをしていよう。
俺は昌浩が愛しくて、そして、自分の傍で微笑んでいて欲しい。
昌浩に告げて、それがなくなってしまうのならば、今は告げるべきではない。
だから、時が満ちるまではこのままで。
昌浩の不安を取り除ける、その日までは――。




「ふふ、やっぱりもっくんは暖かいよねぇ」

昌浩は、物の怪を抱き締めたまま言う。
今、物の怪と昌浩は、部屋に戻ってきていた。

「こら、いい加減おろせ」
「嫌だよ、もっくん暖かいんだもん」
「………おろせ、孫」
「……………孫言うな」




今は、このままで――。




前サイトの15000hitキリリク小説。天野鈴様に奉げました。
リクは「紅昌(もっくん可)で女体化ほのぼの」です。
自分でも何処がほのぼの?って思いました。
リク無視しすぎでどうしような作品でした。

2007.03.移転に伴い一部修正しました。