紅蓮は不機嫌そうに言った。
「わしの孫が産まれたんじゃよ。おまえにあわせてやろうと思ってな」
「……。また、泣くだろう?」
紅蓮の瞳に影ができたのを、晴明は見逃さなかった。
「紅蓮。ちょっとそこで待っておれ」
ふぉっふぉっふぉっと笑いだしそうな顔で晴明は言った。
「ほれ、可愛いじゃろう。女の子じゃぞ」
戻ってきた晴明は、眠っている可愛らしい赤ん坊を抱いていた。
「じゃあ紅蓮、この子を見ていてくれ。わしはちょっと用があるんでな」
「は…?いや、ちょっと待てっ、晴明!!」
「頼んだぞ」
「……ッ」
紅蓮は言い返そうにもできなくて、困っていた。
そして、晴明は紅蓮に赤ん坊を押しつけて行ってしまったのだ。
紅蓮は途方にくれたような顔をして赤ん坊を抱いていた。
晴明は何を考えているんだ?
俺の傍なんかにいたら、泣かせてしまうじゃないか。
その時、赤ん坊が動いた。
起きたのか……?
紅蓮はドキリとして赤ん坊を見つめると、赤ん坊と目が合った。
赤ん坊は紅蓮をジッと見つめていたのだ。
――泣くか?
紅蓮がそう思った途端、赤ん坊は紅蓮のほ方へ手を伸ばしてきたのだ。
「……。泣かないのか?」
赤ん坊は紅蓮に手を伸ばしたままだ。紅蓮は、赤ん坊の手を恐る恐る握ってみる。
赤ん坊は手を握り返し、紅蓮に向かって楽しそうに笑った。
「わ…らった…?」
紅蓮は、呆然として固まっていた。
「紅蓮」
晴明の声がした。
それは、紅蓮が固まってから、およそ数分後のことだった。
「…晴明…」
「なんて顔しとるんじゃ、おまえ」
「……」
紅蓮は、晴明がそう言うほど今まで見たことがないような、情けない顔をしていた。
晴明はにやりと笑って言った。
「泣かなかったな」
「……。その上、笑っているぞ」
「そうじゃな」
晴明は赤ん坊に向かって微笑んでいた。
しばらくして、晴明は唐突に言った。
「紅蓮。わしはこの子を、この晴明の後継にするぞ」
「な、何を考えている。この子は女だぞ!?」
「そんなことはわかっている」
「だったら……」
「だが、この子が一番ふさわしいじゃろう?なぁ、火将騰蛇よ」
紅蓮はぐっと息を呑んだ。
「……。どうするつもりだ、晴明」
晴明は微笑みながら、無言だった。
「――?」
「この子の名前を決めたぞ」
「何と?」
「昌浩じゃ」
紅蓮はそうかっと言いかけ、ぎょっとした。
「男の名ではないか!」
「わしの後継にするのじゃから、男として育てるに決まっておろう」
そんな馬鹿な……。
紅蓮は思ったが、晴明は言い始めたら止まらない。
「勝手にしろ」
紅蓮は説得を諦めた。
「ぁー」
昌浩が、声を出した。
紅蓮と晴明は昌浩を見た。
昌浩は眠たそうな顔をしていた。
「…昌浩…?」
紅蓮はなるべく優しく声をかけてみた。
昌浩は、またにっこりと笑った。
紅蓮は驚き、そして戸惑いながらも、優しく微笑んだ。
晴明はそれを見て、嬉しげだった。
それは紅蓮にとって、とても幸せな始まりの日のことだった――…。
2007.03.移転に伴い一部修正しました。