時は夕刻、場所は安倍の邸。
それも、昌浩の部屋――。
昌浩と彰子は、無言で向かい合っていた。
今現在の昌浩の格好は、あまり褒められた格好ではない。
むしろ逆だ。
着替えの途中だった為か、さらしが丸見えという、なんとも情けない格好だったのだ。
安倍昌浩。性別は女。
ただし、周囲の人々は男だと思い込んでいる。
もちろん、彰子とて例外ではない。
昌浩が女だと知っているのは、当たり前だが本人。そして、その家族と十二神将のみだ。
他に知っている者もいるにはいる。
が、人外の者なので、まぁそれは例に出さなくても良いと判断しよう。
話は戻って、昌浩と彰子のことだ。
とりあえず、二人は未だ無言のままだった。
昌浩が着替えるときは、大方、太陰がいた。
昌浩の祖父である晴明から頼まれ事があった為に、今日は太陰がいなかったのだ。
他の、もちろん女の神将に頼めば良かったのかもしれないが、やはり気が引けた。
わざわざ、俺が着替えるとき見張っててくれないか?なんて言えなかったんだよね…。
ちなみに、太陰は自ら申し出てくれていたから頼んでいた。
気を付けてたつもりだったんだけどなぁ…。
とりあえず言えることは、「つもり」では駄目だったということだ。
「…昌浩、なんで胸があるの…?」
「…へっ! ?」
彰子の直球な問いに、昌浩は反応しきれなかった。
「昌浩って…女の子なの?」
「えっと…」
「……」
「………」
「…………」
「…………うん」
昌浩はなんとか誤魔化せないかなぁなどと考えていたのだが、十四歳にしては豊かな胸を見られては誤魔化しようがなく、彰子の無言の圧力に負けたのだ。
昌浩が認めた丁度そのとき、タイミング良く物の怪が訪れた。
「昌浩〜まだ行かないのか?……っ」
昌浩の格好に驚いたのか、女と見てすぐわかる昌浩の側に彰子がいることに驚いたのか…。
物の怪は一瞬固まる。
「…もっくん…」
彰子は、昌浩の顔が薄っすらと赤くなっているのに気づいた。
――昌浩って、やっぱりもっくんのこと…好きなのかしら。
昌浩は女の子みたいだし、別に変じゃないと思うのよね。
もっくん人間じゃないけど……あら?
彰子はそこまで考えて気づく。
「おいおい昌浩。もしかして、もしかしなくてもバレたのか?」
「ぅ…うん…。どうしよう、もっくん」
「……。まったく、しっかりしろよなぁ、晴明の孫よ」
「昌浩」
彰子は、昌浩がいつもの如く「孫言うな!」と言おうとしたその瞬間に声をかけた。
おかげで昌浩は物の怪に言い返すタイミングを逃したが、なんとか彰子の声には応えることができた。
「な、何?彰子…」
「何って…昌浩は女の子なのよね?」
彰子は、昌浩の反応に半分呆れながらも聞いた。
「うん。そうだけど…」
「なんで男の格好してるの?」
「そ、それは〜…」
昌浩は物の怪をちらりと見る。
それに気づいた物の怪は、小さなため息を吐く。
「あ〜ぁ、まったく…。どうしてこうもマヌケなんだろうねぇ。後からくるであろう晴明の小言はもちろん覚悟してるんだよな、昌浩クン」
「…ぁ…」
物の怪はその反応に呆れ、ため息すら吐けなかった。
「しょうがないから説明してやれば」
物の怪は犬や猫のように後ろ足で首をかいている。
「……」
まるで人事だというように素知らぬ顔でいる物の怪を、昌浩はじとっと睨みつけた。
「なんだよう昌浩…。ほれ、お姫さんが困ってるぞ。説明するなら早よしてやれ」
「そうでした。…彰子」
昌浩は彰子に向き直る。
「なぁに?」
「俺が男として生きてる理由…だったよね?」
「うん。でも昌浩…」
「なに?」
「着替えたほうが良いと思うんだけど」
「……」
彰子が指摘した事柄を、昌浩はぎこちない動きで確かめると、物の怪を見る。
「……ッ、もっくん出てって!!」
恥ずかしいのを誤魔化す為なのか、昌浩の声はかなり大きなものだった。
「俺が男の格好してるのは…」
昌浩は、彰子と向かい合っている。
ちなみに物の怪は、昌浩の隣に座って昌浩の言葉に頷いたりしている。
昌浩は今、狩衣姿だ。
彰子に着替えを見られさえしなければ、今頃は夜警に出かけていたのだろう。
とはいっても、今更の話ではあるが…。
「……っとまぁこういう訳なんだけど…彰子わかった?」
昌浩の長たらしい説明が終わった。
「え〜っと、要するに…昌浩は晴明さまの後継に決まってるけど、でも女じゃ陰陽師になれないからってことかしら…?」
彰子は昌浩の言葉を、いとも容易く短く纏めた。
「…うん」
このとき昌浩は、俺って説明下手なのかなぁなどと思っていた。
「まぁそういう訳だ。っというか、説明下手だなぁ昌浩」
話が終わったのを見計らって、物の怪が会話に割り込んだ。
昌浩をからかっているということが、当人でもわかったようだ。
「もっくんに言われたかないよ。あ、それで彰子…。悪いんだけど、このこと黙っていて欲しいんだ」
「このことって…昌浩が本当は女の子だってことよね?別に構わないけど…」
「ホント!?助かるよ〜。ありがとう彰子」
昌浩は彰子の言葉に、満面の笑みを浮かべた。
「その代わり、そのことで何か辛いことがあったら、私に相談してね。約束よ」
言って、彰子は小指を差し出す。
「うん…。本当にありがとう」
昌浩は、差し出された彰子の小指に自身の小指を絡めた。
そして二人は指切りをしたのだった。
この後、やっぱりというか、なんというか…。
昌浩の部屋に晴明の式が飛んで来たのは、言うまでもない。
2007.03.移転に伴い一部修正しました。