「さすがに、ちょっとやばいかな…ッ」

昌浩はゴホッと血を吐き、地に横たわった。
辺りは静かで、荒い息のみが響きわたる。
いつも側にいるはずの物の怪――騰蛇は、今ここにはいなかった。
紅蓮、大丈夫かな……。
昌浩が先程調伏したばかりの妖には、仲間がいた。
騰蛇は少し離れた場所で、そちらの妖と闘っているはずなのだ。
昌浩が闘った妖より弱いとはいえ、数が多い。
倒せない程ではないが、時間がかかるだろうことは明白だった。
俺、死ぬときはもっくんがいると思ってた……。
一人って、案外寂しいもんなんだね。
俺がいなくなったら、もっくん一人になっちゃうのかなぁ?
一人になんてしたくない。
したくないけど…でも、もう無理かもしれないから…だから言わせて…。
一人にしてごめんね、もっくん。
昌浩は、心の中で謝ると眼を閉じる。
眦からは、一筋の涙が流れた。




それからどれだけ経ったのか。
辛うじて息を繋いでいた昌浩は、自分を呼ぶ声にふと目を開けた。

「……紅蓮?」

声の主は、騰蛇だった。
騰蛇は昌浩が反応を返したのに気づくと、悲痛な面もちで言う。

「昌浩!!なんでこんな怪我…ッ」
「うん…。ちょっと、思ってたよりも強かったかな。
っていうか、死なばもろともみたいな感じで来たから…」

やられちゃったんだよね、と言いながら苦笑する。

「ねぇ紅蓮…。俺、死ぬ…のかなぁ?」

そう問いかける昌浩は、既に息も絶え絶えで、助かる見込みがあるとは言える状態ではなかった助かる方法は、ただ一つ。
天一にその傷を移すことだけ――。




「天一に…」
「天一は呼ばなくていいよ」

昌浩は紅蓮の言葉を遮り、言った。

「な…昌浩!?」
「だって…この怪我癒してもらったら、天一が死んじゃうかもしれないじゃないか」
「……っ、だからって…」
「それにさ、俺のせいで天一が死んじゃったら、朱雀に恨まれそうだし。俺…そんなの嫌だからさ」

だから…ね、と言う昌浩に、騰蛇は何も言えなかった。

「ねぇ、紅蓮…。お願いだから、そんな泣きそうな顔しないでよ…」

昌浩は、困ったように微笑んで言った。

「昌浩はずるいんだ。おまえがいなくなったら、俺はどうすればいいかわからないじゃないか」
「ごめんね、紅蓮。でもね、俺は今…結構嬉しいんだ」

騰蛇は昌浩の言葉の意味がわからず、眉を寄せる。

「さっきまで一人でいたから…俺はこのまま一人で死んでいくのかなって思ったら、ものすごく不安で……寂しかったんだ。
でも、今は紅蓮がいる。それが、すごく嬉しいんだよ」
「昌浩…」

昌浩は死を受け入れようとしているのだとわかって、騰蛇にはもう何も言えなかった。
そうしてしばらくの間、沈黙が続いた。

「ねぇ…紅蓮は、生まれ変わりって…あると思う?」

昌浩はふと口を開いた。

「生まれ変わり?」
「うん。もし生まれ変われるなら、俺はまた、紅蓮に会いたい。ずっと、一緒にいたいんだ…」

だから、待っててくれる――?
昌浩の眼が、そう言っていた。

「……あぁ、わかった。俺は昌浩が生まれ変わってくるのを待つ」

騰蛇は決心したように言った。
それを聞いた昌浩は、安心したように微笑む。
昌浩はもう、腕を上げることさえできない状態だった。
喋ることすら困難で、まともにできないのだ。
それでも昌浩は、騰蛇に向かって言う。

「ねぇ、ぐれ…約束…よ…。…が…生ま……るの、ま――ね」

言いながら、昌浩は瞳を閉じた。
そして、それは二度と開かれることはなかった。
昌浩は、騰蛇の腕の中で静かに息絶えたのだ。
騰蛇は、泣きそうな顔で昌浩をギュッと抱きしめる。
だが、次の瞬間顔を上げた騰蛇は、優しく微笑んでいた。
最後の言葉は、聞き取るのも大変なくらい小さかった。
それでも騰蛇には、昌浩の言っていたことがわかったのだ。

――ねぇ、紅蓮…約束だよ…。俺が生まれ変わるの、待っててね。

騰蛇は、昌浩の眠っているような死に顔にそっと触れて言う。

「…あぁ、約束だ」







「ふわぁ…よく寝た〜」

つい先程まで大木の下で寝ていた少年は、起きあがると、身体を伸ばして欠伸をする。

「…またあの夢見たなぁ…なんでだろう?」

少年は、幼い頃から同じ夢を見ている。
毎度のことではないが、ふとした時にこの夢を見る。
昔の服を着た人が、死んで逝く夢。
来世に会おうと約束し、死に逝く夢を――。
この夢を見る度、胸が締め付けられるような気分になる。
何故だかわからないけれど、無性に泣きたくなるのだ。
あの人は、約束した人に会えたのだろうか。
会えていると良いと、心からそう思う。

「……帰ろうかな…」

少年はそう呟くと、立ち上がる。
その直後、背後でぼとりと何かが落ちる音がした。
少年は何事かと思い、振り返る。
振り返った瞬間、硬直した。
なんと言えば良いのだろう。
物の怪とでも言えば良いのか――。
そこには見たこともない生物がいたからだ。
しかし、それだけではなかった。
見たこともない筈なのに、少年の胸には懐かしさがこみ上げてきたのだ。
少年は何故だかわからずに、困惑した面もちで突っ立っていた。

「よう孫。久しぶりだなぁ、元気か?」

物の怪は、物の怪を見て固まっている少年に話しかけた。
その声は、少々…否、かなり明るい。
だが、少年は答えなかった。
どうして良いのかわからないのだ。
見たこともない筈なのに、そうではないと心が否定する。
見たこともない筈なのに、久しぶりと話しかけてくる。
少年は、もうどうすれば良いのかわからなかった。
物の怪は、そんな少年をジッと見つめていた。

一度目の出会いは、まだ生まれたばかりの頃。
二度目は、元服前。目の前に落ち、物の怪は『見せもんじゃねぇぞ』と言った。
そして、三度目は――…。

「…昌浩」

呼ばれた名前に、ビクリとする。
それは、自分の名前ではない。
でも、それは自分のことなのだと心が訴える。
違う…。
それは、夢の中に出てくる人の名前だ。
自分のことではない…。
一瞬のうちに、是と非、二つの考えが脳裏でせめぎあった。
少年は、恐る恐る物の怪のほうを見る。
そんな視線に気付いたのか、物の怪はふと笑ったように見えた。

「昌浩」

また、その名前を呼んだ。
その瞬間、物の怪がいたその場所には、明らかに人間ではない出で立ちの男が現れた。
それはもちろん、騰蛇だった。
少年は、そんなことを知る筈がない。
それなのに、騰蛇を見た途端、少年の目からは涙が溢れていた。

会いたかった……やっと会えた――。

その想いが溢れた直後、少年は唐突に理解していた。
ずっと夢で見ていた人は、自分だ。
自分の前世のことだったのだ、と――。

「約束、ちゃんと守ったぞ」
「…ッ、ぐ…れん…?」
「あぁ…」

泣きながら自分のことを呼ぶ少年に、騰蛇は優しく微笑む。
それを見た瞬間、少年は騰蛇に抱きついていた。
驚いて抱きとめた騰蛇は、その存在を確かめ、少年をきつく抱きしめ返したのだった。




三度目の出会いは、時を越えた、約束の先に在るもの――。


生まれ変わり話です。
このときはまだ生まれ変わり少年には名前ありませんでした。
続ける気なかったので……
前サイトで一番人気があったのは何故だろう?

2007.03.移転に伴い一部修正しました。