「ただいま〜」

鍵を開け、言いながら中に入る。
声が返ってこないことになんの反応もせず、靴を脱いであがった。
少年は、自分の家に帰ってきていた。
その足もとには、昔と同じように物の怪が歩いている。
ぽてぽてと歩く物の怪を見て、少年の口元は自然に笑みの形になった。
自室に入り、戸を閉める。
すると、きょろきょろと辺りを見回しながら、物の怪が言う。

「ここが、おまえの部屋か?」
「うん、そうだよ」
「へぇ〜。意外だな」
「……なにが?」
「部屋が片付いてる」
「……」

ねぇ、昌浩さん。
そんなに片付けるの下手だったんですか…?
さらっと言う物の怪を見て、自分の前世の姿である昌浩に問い掛けたくなった。

「え〜っと…もっくん…でいい?」
「あぁ、構わない。っというか、他になんて呼ぶ気だったんだ?」
「さぁ?………物の怪とか」
「物の怪言うな!」

ボソッと呟いた声に、物の怪は怒鳴り返す。
その様子に、少年は懐かしさを感じ、微笑んだ。

「俺の名前、コウっていうんだ。香るって書いて、香」
「香か…いい名前だな」
「え、そうかな…。ありがとう、もっくん」

少年は言いながら、ふわりと微笑んだ。




「はい、もっくん」

ティーカップを物の怪の前に置きながら言った。

「おぅ、ありがとな」

そう言いながら、その前足でどうやっているのか、難なく紅茶を飲む物の怪を見て、香はプッと笑ってしまった。
物の怪はそんな香に気づき、じとっと睨んで言う。

「なんだよ…」
「あ、いや…。器用だなぁと思ってさ」
「……。こんだけ生きてればな」
そっけなく言った物の怪に、香は照れまじりの笑みを作る。

「そっか…もっくん、約束守ってくれたんだもんね」

二人…否、一人と一匹の周りには、ほんわかとした空気が漂っていた。
が、さすがにそれは長く続かない。

「そういえば、香は昌浩だったときの記憶はあるのか?」

物の怪が切り出した。

「約束のことだけはわかるんだけど、さすがに記憶まではないなぁ…」
「……約束のことだけは覚えてたくせに、俺のことはわからなかったのか?」

渋い顔で答えた香に、物の怪は更に突っ込んだ。
その問いに、香は言い淀む。

「だって、夢で見てただけだったから……」
「だから?」
「……ッ、紅蓮の姿しか出てこなかったんだよ!」
「あ、なるほど」

投げやりな言葉にあっさりと納得する物の怪。

「…それだけ…?」
「ん?…なんか言ったか?」
「…なんでもない」

香はふるふると首を振った。
記憶がない為、まだ物の怪の性格がつかめていない香であった。




「そういえばさ…なんか、ふっとした時に懐かしいって思うんだよね」
「…懐かしい?」
「うん…」

飲んでいた紅茶も二杯目に入った頃、香は物の怪に言った。

「それって、どんな時だ?」
「ん〜…例えば、さっきもっくんが『物の怪言うな!』って言ったじゃない?」
「あぁ…言ったな」

物の怪は、そのことを思い出しながら返した。

「そんな感じ」

そんな物の怪を横目で見て、紅茶を一口飲みながら香は言った。
その言葉を聞いた物の怪は、少しの間考え込んでいた。
香は疑問に思い、訊ねる。

「どうかしたの?もっくん」
「……」

返事は返ってこない。
香はどうすることもできずに、ただ物の怪を見ていた。
しばらく黙り込んだままだった物の怪は、やっと口を開く。

「…………孫」
「孫言うなッ!」

香は反射的に返し、びっくりして口元を抑える。
無意識に口をついて出た言葉に驚いたのだ。
香には、孫と言われたくないと思うような祖父母はいない。
でも、何故だか言い返していたのだ。
口を手で塞いだまま困惑した表情で立っていると、物の怪はにんまりと笑った。

「それ、たぶん昌浩だったときの癖だぞ」
「は…?…昌浩って人は、誰の孫だったわけ?」

手を下ろしながら、香は疑問に思い聞いた。

「ふっふ〜。昌浩の生まれ変わりである香クンは、だれだと思う?」
「…俺が知るわけないじゃん。歴史だってそんなに得意じゃないんだからさ」

拗ねたように言う香に、物の怪は楽しそうに笑った。

「聞いて驚け!昌浩の祖父は、なんと安倍晴明だ!!」

それを聞いた香は、目が点になった。
安倍晴明。香はその名前を知っている。
っというか、知らないわけがない。
何故なら、『晴明神社』と名のつく神社があるほどに有名なのだから。

「はぁ!?安倍晴明だって〜!?」
「そう、晴明」

驚く香を楽しそうに見ながら、物の怪は返す。
……信じられない。自分の前世が、あの有名な人物の孫だったなんて…。
でも、認めざるを得ないかもしれない。
だって…なんといっても、ここには前世で約束を交わしたもっくんがいるんだから。
それに無意識とはいえ、『孫』の一言に反応したっていう事実もあるのだから。

「まぁ、今更関係ないとは思うけどなぁ〜。千年くらい経ってるんだし」
「そ…そうだよね…。なんたって、前世のことなんだし」

引きつった笑みで無理矢理納得しようとしている香に、物の怪は追い討ちをかけた。

「そうそう、しょうがないって。な、晴明の孫の昌浩だった香」
「だ…だから、孫言うな〜!!」

やっぱりというかなんというか…。
生まれ変わっても孫が孫であることは変わらないのであった




どうやったら文が変なところが直るんだろう。
……まぁいっか。

2007.03.移転に伴い一部修正しました。