昌浩は、今日で何度目になるかわからないほど言い尽くした言葉を、またしても言った。
「同感…」
これまた、昌浩と同じくらい言い尽くした、物の怪の言葉。
季節は夏。
それも、陽がジリジリと照りつける、暑苦しい日だ。
まさに、夏真っ盛りと言えるだろう。
そんな今日、昌浩は物忌みのために家にいた。
実は晴明に言われるまで気付いていなかった昌浩は、またしても小言を貰いながらも、内心安堵していた。
出仕している人には悪いと思うけど、こんな暑い日に出仕するのは辛いって……。
などと考えていたのだった。
昌浩と物の怪は、自室でバテていた。
簀の子に横になって少しでも涼みたかったのだろうが、実際はそこまで涼めていないらしい。
まるで潰れているのかと思いたくなるほどだ。
「ぁ〜〜…もっくん」
「おう、なんだ?」
ふいに、昌浩は話し掛けた。
物の怪も、それに応える。
「今日は俺に近付かないでね」
容赦ない一言が降った。
物の怪も、あまりのことに言葉が出なかったらしい。
「は…?」
と、間抜けな返事をしてしまった。
「……何故に…?」
物の怪は我に返った後、気を取り直して聞いた。
だが、返ってきたのは、またしても容赦ない言葉。
「暑苦しいから」
「……」
物の怪は、開いた口が塞がらない、という状況になった。
固まりたくもなるだろう。
昌浩と物の怪(含む紅蓮)は、いわゆる恋仲というやつなのだから。
仮にも恋人に向かって、そんなこと言うか?
と言いたくなるくらいなのだろう。
――普通は、言わないだろう。
「え〜と…昌浩クン?」
ようやく正気に戻った物の怪は、口を開いた。
「何〜?」
「触るなじゃなくて…?」
要するに物の怪は、暑いから触るなと言うのならまだわかる。だが、なんで近付くなになるんだ?と言いたいらしい。
昌浩は、物の怪の言いたいことがわかったらしく、答える。
「あぁ…存在自体が暑苦しいから」
物の怪、撃沈。
やはり、昌浩は容赦なかった。
『歯に衣着せぬ』とは、まさにこのことだろう。
こうして一日は過ぎていったのだ。
ちなみに物の怪は、本当に昌浩に近付かなかったらしい。
哀れ、もっくん。
その日の夜。
日が沈んで、辺りは大分涼しくなった。
そして、縁側では物の怪がふて腐れていた。
「……もっくん?」
物の怪の姿を発見した昌浩は、声をかけた。
物の怪は、昌浩のほうをちらりと見て、フィと顔を逸らす。
「今日は、近付いちゃいけないんだろ?」
それを聞いた昌浩は、困ったような表情になった。
「あ〜…それは……」
「……」
物の怪はまだ機嫌が悪いらしく、昌浩を無視する。
「ゴメンナサイ、俺が悪かったです」
気まずい雰囲気に堪えられなくなったのか、昌浩は掌を顔の前で合わせ、謝った。
「ホントに悪いと思ってんのか?」
「思ってます。ホントに」
「……なら、許してやる」
物の怪の言葉にホッとして、昌浩は物の怪を抱き上げる。
「あぁ…落ち着く〜」
言いながら、ぎゅっと抱きしめる。
「……俺は、おまえの何なんだろうなぁ」
物の怪は、遠い目をしながら呟く。
昼間の暴言やら、今の小動物を可愛がっているかのような発言やら。
どう贔屓目で見ても、恋人に言う台詞ではない。
「何言ってるのさ。もっくんは、俺の好きな人だろう?」
何当たり前のこと言ってるんだよ、と昌浩は言った。
物の怪は驚いて、思わず昌浩を見上げてしまった。
呆気に取られている物の怪の様子に気付かずに、昌浩は
「あ、でももっくん人じゃないよねぇ…」
などと呟いていた。
「昌浩やい…」
「え、なぁに?もっくん」
ぽけっと返事をする昌浩を見て、物の怪はニッと微笑む。
「俺も昌浩が好きだ」
「…へ!?」
いきなり言われた言葉に、昌浩は顔を赤く染めた。
「どうした、昌浩?」
「いや、ちょっと恥ずかしくて……」
恥ずかしいって……先に言ったのはおまえだろうよ。
と物の怪は内心思った。
「あ…でも、ありがとう」
昌浩は物の怪に向かって微笑んだ。
「……おう」
物の怪は、照れたように言葉を返した。
そんなこんなで、昌浩と物の怪は仲直りしたのだった。
2007.03.移転に伴い一部修正しました。